ニューヨーク・シティ・バレエ
ニューヨーク・シティ・バレエ 2009年10月11日 @Bunkamura
ピナ・バウシュが亡くなって・・・それっきり書く気がなくなってずいぶんと久しぶり。書く気がなくなったといっても、ピナのために長い追悼文を書いたり、ほかにもあれこれと書いたりはしてたけど……でも、ピナの追悼文なんて書きたくなかったな。まだ作品が次々と生まれてくるのなら、ピナについてたくさん書いていきたいけれど、もうそれがかなわないとなると、いくら書いても答えてくれる人がいなくなってしまったんだから。
でもまあ、気を取り直して・・・・・・
青山のトリエンナーレが終わった。実はそんなに期待してなかった。ヤスミン・ゴデールがたいしたことなかったし、ミシェル・ノワレもなんだか古びてたから。なんでこのメンツが揃ったのかわからないような企画。それに何よりもチケット代が高い!……
でも、Kim Jae-duk という思いかけずにすばらしい人が現れたり、鈴木ユキオさんが嬉しくなることをやり始めたり、アヌーク・ファン・ダイクの仕掛けが楽しかったし、そしてなによりエステル・サラモンのしていることに賭けてみたくなった。
それはまたべつのところでたっぷりと書くことにして・・・・・・・
ニューヨークシティ・バレエのCプロを見てきた。
バレエは気楽に見ていられるからいい。
それにしてもバレエってアートなんだろうか、芸術なんだろうか、それともサーカスの一種なんじゃないかって、いつも不思議に思う。
つま先の動きだけを追って見ていると、熟練した旋盤工がきれいな模様を描き出すように幾何学的な線をトレースしている。これはアートというよりは熟練した技術だなあと思ってしまう。
いったいどうしてこんな窮屈なポジションで動く人体を美しいと思うんだろう? ……そんな不遜なことを考えてはいけないんですね。
ロビンズの「Dances at a Gathering」を見ていると、美しい動きが続くのはわかるけれど、美しさの押し売りみたいで少しばかりアップアップ。
でも、最後のバランシンの「Symphony in Three Movements」は、ちょっと目が覚めた。フォーサイスの「In the Middle, Somewhat Elevated」なんかを思い出して。
フォーサイスなら、ここをもっとばらばらにして違う方へ向かっていくだろうなあ、と思いながら見ていた。
フォーサイスはいったい何をしたんだろうと、バランシンを見ながら考えてしまった。
バランシンのこの作品を見ていて、フォーサイスが普通にやったらこうなるのかなあと思ってしまうのは本末転倒だな。
フォーサイスを見て興奮したあのきらめきはバランシンにはないんだけれど。
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